2011年3月11日、あの日まで、この世界の多くのことにほとんど興味がなくて、自分と目に見える範囲でしか物事が考えられなかった。
テレビの世界はどこか自分とは無関係の世界だったり、政治のこともほとんど興味がなくて、「そういうもの」としてただ捉えていた。
あの震災で多くの方々の尊い命がこの世界から旅立ち、「生きる」ということをたくさん考えることになった。
偶然か必然か、結婚したのは2011年。結婚を決めたのは震災が起きる前。
大切な人とただ幸せに暮らすことが、その当たり前のような幸せが実はとても貴重で、奇跡のようなことだと思った。
その奇跡が続くには、どう生きればいいのか、たくさんたくさん考えるようになるとともに、たくさんの情報が一気に押し寄せた。
世界はあまりにも知らないことだらけで、一つの物事には一つの側面だと思っていたところから、本当にたくさんの側面を持ち、立場や生き方でそれは全く違うものになるということを知った。
何を大切に生きるか、何を守りたいのか、何のために生きたいと思うのか、
この頃から少しずつシフトチェンジが始まった。
そして2013年頃から、喉の症状が始まり、その思いはさらに強くなる。
「ただ健康に生きられる」ことの大切さを心の底から実感していく。
シフトチェンジはさらに加速した。
そして痛みと苦しみの闇のような生活の中、支えてくれる家族や仲間の光に助けられ、
家族が増え、そして沖縄移住。
さらに学び、生きたいように生きるために、どう日々を過ごすか、
自分は、どういたいのか、どうありたいのか、
命に感謝しながら、多くの命に救われ助けられていることに感謝して、
今の命が終わるまでに、次の命のために何ができるのか、より考えるようになった。
あの震災から10年、少しずつの変化だったけど、10年経てばとてつもなく大きな変化が起きていた。
そしてもうすぐ40歳を迎える。
40代の生き方のヒントは、色々なところに散りばめられている気がする。
たくさんの「兆し」が見え隠れしている。
必要のない価値観は手放して、自分の直感と未来への思いをしっかりと心に抱いて進みたいと思う。
2011年3月11日、旅立たれた多くの方々の命、魂のご冥福をお祈りいたします。
この日起きたことを繰り返さないためにも、この日に起きたことがきっかけで起きたたくさんの悲劇を繰り返さないためにも、まだまだ知ろう、学ぼう、そして助け合おう。
きっと全てつながっているから。